希望の村支援・ダナン駐在を終えて

 ブログは私が昨年の2月、ベトナムを去ったことを何も記さず、ほぼ1年のブランクでした。気がかりながら、そのまま、、、、。一区切りとして、ここで、帰国後「ふぇみん」の紙上に掲載した「ベトナム駐在を終えて」の記事を勝手ながら紹介させてください。10ヶ月のミニドキュメント、そして、新駐在員へのバトンタッチです。



10か月前、「駐在員」としてダナンに向かう飛行機の中で、ベトナム用のノートを取りだし明日からの仕事を思い描いて、私は急に不安でたまらなくなった。勢いでベトナム行きを決めたものの、実際「何をどうしたらいいのか?」なんとも心細いスタートだった。

ベトナムプロジェクトではここ数年、生活支援から自立サポートへと支援の形を変えることを模索してきた。けれど日本にいてはなかなか先に進まず、その実行が私の駐在の最大の仕事だった。

まずは希望の村を訪れ、子ども達が将来の仕事として何を望んでいるのか、じっくり話しを聞くことから始めた。所長や周辺のNGO等からも一つ一つ情報を集めていった。

八月始め、ふぇみんとともに希望の村を支援してきたNGOの奨学金支援がなくなるということもあって、今年卒業の子ども達からの就学支援の希望がふぇみんに一気に集中、毎日のように子どもたちが私の事務所を訪れるようになった。その後三か月に渡って受験・合否の悲喜こもごもが続くが、一人一人の学校を子どもと訪れ、結局ふぇみんは16人の就学支援をすることになった。専門学校6人(日本語、商業英語、経理、旅行関係等),職業訓練(ホテル業務など)6人、補習学校4人である。

その内の1人、キウは17歳、ろうあの子である。ホイアンという古い町で障がい者が経営する雑貨店の職業訓練所で刺しゅうを学ぶことになった。里親のSさんからはキウちゃんのもとに励ましの絵や手紙がよく届く。キウの刺しゅうする姿を描くその絵の涼やかな線、彩りの温かさに一瞬にして惹きつけられる。私が送る写真をそのまま絵にしてくれ時もある。

―「ぼくの手は、労働者の手、ふしくれだつ。、、、キウ、君の掌(て)は刺しゅうの掌になったかな?何回も針先で指先を刺したでしょう?今、挑戦しているのは蓮の花ですね。泥の中で育ち、まっ白い容貌(みめかたち)に開く蓮。キウ、体に注意しながらも、がんばって刺しゅう勉強してください」と添えられて。布地に柔らかな光沢を放つ絹の糸を刺しながら、キウは里親の思いを運ぶ私を毎回楽しみに待っている。

「よいと思う作品を買っていただいたり、新しい作品を提案していただくこともキウへの自立支援です」と店のオーナーはいう。どの子のところへ行く時もその里親になりきって、子ども達の生活そのものに触れることがうれしく、その様子を里親通信でありのままに伝えた。

希望の村では在校生の刺しゅうとグリーティングカード作りの職業訓練も始まった。地元のボランティアの大学生が作品を売ってくれるともいう。

子ども達は勉強の報告にふぇみんの事務所に訪れてはよく仕事を手伝ってくれる。恋の話しもあり、時には辛い思いも聞いた。青春のただ中、希望の村の子ども達が里親達の温かいまなざしを受け、自立への一歩を踏み出した春の足音が聞こえるでしょうか?

すっかりなじんだベトナムに思いは残るが、3月から後任にバトンタッチ、里親・会員の渡辺美里さんがダナンに駐在している。
(竹内みどり)

<写真はキウとキウ製作の刺しゅう>

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