2016年里親総会のご報告

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年に一度の里親総会が10月2日に東京代々木のベトナムガーデンで開催されました。 今年は22人の里親が、また、今年はじめて在京の3人の留学生が参加しました。 総会では、今年度(2015年9月~2016年8月)の活動報告と会計報告、来年度のの活動方針と予算案が説明され了承されましたが 里親の減少と円安という問題があり、今後も問題を共有して解決策を考えたいと思います。 また「希望の村」の卒業生たちの活動報告は、里親を勇気づけてくれました。 ダナンでは卒業生たちがお金を集めて子どもたちに食事をふるまい、日本では留学生となった卒業生が月に一度の「希望レストラン」を始めています。 「希望レストラン」は毎月第二日曜に東横線の大倉山駅の「モアかれん」を借りてランチタイムに開かれます。随時お知らせしていきますので、皆さんどうぞご利用ください。 モアかれん http://macrobioticweb.com/index.cgi?actmode=ShopDetail&shopid=504 総会の第二部として 元海兵隊員の故アレン・ネルソンさんを偲んで「9条を抱きしめて」という動画を見ました。 戦争とは何なのか、その心の傷、平和を求める活動、憲法9条の大切さが描かれています。 皆さんもぜひごらんください。 9条を抱きしめて~元米海兵隊員が語る戦争と平和~ https://www.youtube.com/watch?v=GId88oUqLEY http://www.dailymotion.com/video/x2p1r37 総会の三部はベトナム料理を楽しみながらの懇親会でした。 11月にはそれぞれの子どもたちの成長記録が送付されます。 現在準備中ですので、里親の皆さまもうしばらくお待ち下さい。

日越友好40年のイベントに希望の村も参加しました

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 昨日報告した日越友好40年のイベントに「希望の村」も参加した。毎年、「さくら日本語学校」の文化祭で、希望の村の子どもたちが、歌や踊りを披露したり、子どもたちが作った刺繍の作品やカードなどを販売しているが、今年はこちらのイベントへの参加になった。今年は販売だけになったが、子供たちが5人、先生3人と一緒にやって来た。途中ビン署長も顔を出し、激励。大勢のお客が見に来てくれて、子どもたちは張り切って売っていた。たくさん売れました!会場で開催されているはいろいろな催しを見たり、さくらカフェの牛丼を食べたり、新しい経験を楽しんだ。

日越友好40年イベント

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 9月21日(土)、越日友好協会主催、日越友好40年の大きなイベントがダナン市で行われ、さくらフレンズカフェも参加した。朝7時から会場設営、料理の仕込みをし、2時に会場に着いたら、3時からオープンのはずが、もう大勢のお客でごった返し、さくらフレンズカフェのブースの前にも詰めかけていた。ほとんどが若い学生。100個用意したどらやきは1時間で売り切れてしまった。やきそば、すしもよく売れ、かき氷は安いこともあって、大人気。氷を削る担当は大汗をかき、手に豆をつくってがんばった。飲み物は途中で買い出しに行った。  さくら日本語学校は茶道、書道、そば(手打ちそばの実演あり)、たこやきを出し、こちらも黒山の人だかり。ダナン外国語大学日本語学科はゆかたの着付け、ドンズー日本語学校はまんがを展示(じつはさくらフレンズカフェが結構貸し出した)、ファンチューチン高校(ここは日本語の授業をやっている)、川崎の小学校と交流しているダナン市の小学校、日本企業などがブースを出した。真ん中では歌や踊りを披露。夜には式典と歌や踊りが行われ、大きなホールが満員だった。「希望の村」も参加したが、これについては、またあした。
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さくらフレンズカフェの姉妹、アートさくら誕生

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 アートさくらは「希望の村」卒業のろうの子どもたちが働く作業所です。洋服、かばん、帽子やコサージュなどを作る予定です。縫製の先生は「希望の村」で働いていたヒエンさん。日本に留学しているランさんのお姉さんです。コサージュは「希望の村」卒業生のゴックさんが教えます。  「希望の村」にはろうの子どもたちもたくさん勉強していますが、卒業しても働く場所があまりないのを、私たちはずっと気にかけていましたので、今回思い切ってオープンしました。今年のかれんでのアジア展にはズボンやブラウスを出します。まだまだ売るところがないので、ご協力をお願いします。  

里親ツアー④ 希望の村20周年

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 「希望の村」が設立されて今年は20周年。その記念式典に合わせて、里親ツアーを企画した。6月2日、ふぇみんの里親、通訳のさくら日本語学校の学生をはじめ、市の関係者、EMWF,旧職員、卒業生など百数十人と子どもたちが、ともに20周年を祝った。子どもたちの歌や踊り。里親たちも「希望の花」(希望の村の歌)を日本語とベトナム語で歌った。このベトナム語は里親の川上さんの御嬢さんが歌詞を意訳してくれたもの。川上さんの指導で、前から練習していた。ベトナム語の歌は、大賀さんの指導と、前日のランちゃんの特訓のおかげで、とても上手になり、拍手喝采。(ぱちぱち)  写真は旧職員に、卒業生たちから、プレゼントをあげているところ。その後、1年の修了式。子どもたちに賞状や商品が贈られた。  全員でパーティー。、里親たちは子供たちのファミリーに入って食事。あちこちで大きいな声で「かんぱーい」の掛け声。それからは大カラオケ大会。里親たちはそうそうに子供たちのファミリーに引き上げた。

里親ツアー③ DMZ(非武装地帯、17度線)

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普通のDNZツアー(ホーチミンルート、ケサン高原、ドンハーの町、ヒエンルオン橋)などを回った。今回は日本語のガイドさんがついているので(前回自分で行った時には英語ツアーだったので???でした)、説明がよくわり、よかった。ヒエンルオン橋のたもとに、資料館があり、ここでもしっかり説明してくれた。橋の両側で、はじめ籏の高さ競争をした話は、不謹慎ながら笑ってしまった。  今回初めて知ったのは、Project Renew Education Center というところ。(ドンハー市)不発弾や地雷を回収したり、その危険性を知らせたりするために、つくられたセンターであり、施設。実は戦争後、相当な数の人が、不発弾などで死亡しているそうだ。日本政府も支援している。

里親ツアー2013② 保育園に絵本を贈る

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 絵本の読み聞かせを聴く子供たちの表情です。みんな食い入るように見つめています。  里親ツアー、2日目、ダナンの日本式保育園を訪問。里親の一人が絵本をプレゼントした。日本の絵本をベトナム語に翻訳したもの。日本に住むベトナム人が、日本の絵本に一つ一つベトナム語を貼り付けたそうだ。糊や紙、文の長さも、原文に合うように工夫されている。日本で長く働いていたハン先生が読み聞かせた。  ベトナムにはまだ良質の絵本があまりないそうで、日本の絵本はすばらしい、と、ハン先生は贈られた4冊の絵本を子供たちに見せた。これらの絵本は「希望の村」にも贈られた。
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里親ツアー 2013年① タムキーの枯葉剤被害者施設訪問

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 子どもたち明るく、元気だ。  「希望の村」の多くの子どもたちの故郷、クァンナム省タムキー市に、枯葉剤被害者協会(VAVA)の運営する施設が、今年5月にオープンした。ふぇみんベトナムツアーでは、さっそくここを訪問した。現在6歳から36歳の被害者と恵まれない子どうが通っている。まだまだ設備はほとんど何もなく、私たちはリハビリの器具や職業訓練のミシンなどを買うために、10万円を贈った。この日は地元のテレビ局も取材に来ていて、放映されるのだと言う。運営はほとんど支援金で賄われ、ダナンの縫製会社が毎月米150キロ、支援してくれるが、おかずはまだ。将来は100人受け入れ、遠くからも通えるようになるために、送迎バスが欲しい、と所長さんは言っていた。  その後、地域のVAVAの方の案内で、被害者のお宅を2軒訪問させてもらった。一人目の方(66歳)は、頭や全身が痛いが、まだ被害者として認定されないという。認定には医療省の17項目の条件に該当しなければならないのだそうだ。2人目の方(71歳)は、中部高原に出征し、いつも水で顔尾を洗っていたと言う。目玉が落ちそうなくらい腫れ上がっている。全身蚊に刺されているように、痒くてたまらないそうだ。二人とも、子や孫も被害者だ。  戦後40年もたつのに、被害は続き、まだ新しく被害者が生まれている現実に、私たちは何ができるのだろうか?  

中村梧郎写真展ー枯葉剤とベトナム

 枯葉剤散布により、朽ち果てたマングローブの根株の間に、少年が一人立っている、あの有名な写真「カマウの死の森」の写真家、中村梧郎さんの写真展が今開かれている。この写真は、今セラミック製の壁画となって、ホーチミンの戦争証跡博物館に展示されている。あのフン少年は中村氏が19年後に再会した時は発症しており、近年亡くなった。ベトナムのみならず、枯葉剤を浴びたアメリカ兵士、韓国兵士など、40年間枯葉剤被害者を撮り続けている中村梧郎さんの写真展だ。  期間 11月6日(火)~18日(日) 9:00~17:00  場所 川越市美術館市民ギャラリー    入場 無料  実は、今日彼のギャラリートークがあった。写真を見せながらのトークは心に迫るものであった。話は枯葉剤から、いまだ焼却炉から排出されているダイオキシン、原発による放射性物質の話にまで及び、ホールいっぱいの聴衆はため息が出るばかり。あっという間に2時間を超えてしまった。  

ベトナム音楽コンサート

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10月31日、ベトナム枯葉剤爆弾被害者支援コンサートが東京文京区で開かれた。JVPF(日本ベトナム平和友好連絡会議)が行っているもので、ふぇみんベトナムプロジェクトも協力している。留学生のホー・ティ・ランさんも、ベトナムの民族楽器トルンを演奏し、聴衆を魅了した。今年の東京公演はベトナムの魂「チンコンソンの世界」と題し、ギタリスト、グエン・テ・ビンさんを中心に、民族楽器ダイ奏者、グエン・アン・タンさん、歌手グエン・チ・キム・リュエンさん。おなじみの「美しい昔」「坊やお眠り(ぼうやおおきくならないで)」など、情感あふれるチンコンソンの音楽は、心にしみた。  びっくりしたのは、プログラムになかったビンさんとランさんの共演。当日4時に初めて相談し、すぐさまできてしまう、というすばらしさ。ぴったり合って、本当にびっくり。ベトナム人音楽家のチンコンソンへの思いを語り、それを通訳したのもランさんでした。大勢の里親がこのコンサートに駆けつけてくれました。ありがとうございました。
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ベトナムで紙芝居が好評

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 「希望の村」を作ったレ・リ・ヘイスリップさんの作ったNGO,グローバル・ビリッジは田舎の小学校などに図書を貸し出す活動をしている。たくさんの本を携帯できる本ケースに入れ、数ケースずつ1校に貸し出し、それを定期的に入れ替える。今回はアメリカの大学が寄付した本と、本ケースをドンヤン地方の小学校に貸し出すことになり、読書を勧めるための、ワークショップが行われた。  私も日本の紙芝居と、折り紙を教えてくれるように頼まれた。ここで活躍したのが、竹内さんが持参した紙芝居とその木枠。拍子木代わりの木のばちを打ち鳴らし、「はじまり、はじまり」。今日の観客は小学校の先生。普通の紙芝居と子供も参加型の紙芝居を通訳を入れて見てもらい、次には先生に実際に演じてもらった。とても好評でした。  紙芝居は日本の文化の一つですが、1991年、ベトナムの最大児童出版社のキムドン社が自国の作家の養成と普及を目指して努力を始めた。1992年に「ベトナムの紙芝居普及を支援する会」が生まれ、「日本・ベトナム紙芝居交流の会」になった。今ベトナムの紙芝居作家は約100点の紙芝居作品を創作して普及に生かし、ベトナムでも子供たちが楽しみ始めているそうだ。  

「希望の村」の子供たちがさくらフレンズカフェくる

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 さくらフレンズカフェができてから、「希望の村」の子供たちは、1部屋ずつ1ヶ月に1回訪問する。「希望の村」の子供たちは、家族にどこか連れて行ってもらう経験もほとんどなく、外の世界を知る機会が少ない。そんな子供たちにタクシーに乗る経験、日本食を食べる経験、卒業生が働いている姿を見る経験などをしてもらいたく、実施している。  この日は女子たちが8人、ちょっと緊張してやってきた。でも出されたスプライト、コーラを飲んで、並べられたしょうが焼き、とんかつ、やきそば、のりまき、お好み焼きを嬉しそうに、全部たいらげた。おいしそうに食べてくれるのを見るのは、嬉しいものだ。  いろいろお話をしてから、庭やさくら学校の建物などを珍しそうに見て、満足した様子で、またタクシーに乗って帰っていった。「希望の村」に帰って、友達にどんな話をするのだろうか。

「希望の村」卒業生のチャンくん、結婚

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「希望の村」で木工を教えてくれているチャンくんが4月22日(日)、結婚しました。この日は日取りがいいらしくて、ハン側沿いの結婚式場は、出席するバイクが道路にいっぱい。バイク置き場はずらーっとバイクが埋め尽くしている。チャンくんの結婚式には、「希望の村」の職員や、卒業生をはじめ、ブレッド・オブ・ライフの人たち、そこと親しい欧米人、彼女の関係者、300人以上の参加者でした。人懐っこい彼の人柄を示していますね。  私が彼にあったのは2000年でした。初めて参加したツアーの時、舞台で手品をやって、昼食時に入ったのは彼のいるファミリーでした。そこでもう一度やって、とせがまれて、もう一度やったら、彼にネタがばれてしまいました。(やはり手品は一度だけ、という鉄則は正しい)。次に、「希望の村」に行ったのは2006年だったのですが、その時に彼に再会し、お互いによく覚えていて、お互いに喜び合いました。  ここで、「希望の村」で日本語を教えてくれているLyさん(7月に結婚します)と婚約者、先日里親ツアーの時にお会いした、Nhoさんなどにお会いしました。
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里親ツアー 最終日 Vinhさんの施設

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 2010年の「ふぇみん希望の村支援15周年」集会の時、お会いした グェン・テ・ヴィンさんの奏でるチン・コン・ソンに、私たちはすっかり魅了されて、昨年8月のツアー時にホーチミンまで来ていただき、秋にはJVPFのコンサートに駆けつけた。彼が恵まれない子達の施設を作ったという話を聞き、今回はその施設の訪問となった。施設「フーン・ドゥーン」は、ホーチミンから北に1時間半、ビンドゥン省にある。門には「ウエルカム フェミン」の横断幕が張られ、生徒たちが出迎えてくれた。ヴィンさんの説明、生徒たちの話を聞き、ヴィンさんのギター演奏。何度聴いても、彼の「美しい昔」は心を打つ。生徒たちはもっとテンポのいい今の歌が好きなので、「僕の演奏は拷問です。」とおどけていた。
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 ここには障害のある子も数人いて、今回里親の有志がこの電動車いすを寄付してくれた。  偶然にも、今日本で勉強しているランさんのお兄さんがここで食堂を営んでいることを知って、お兄さんの店で昼食をいただいた。お兄さんはものすごーいご馳走をしてくれて申し訳なかった・・・・  ヴィンさんの施設の子は昨年16人が大学に入学し、うち数人が今度朝日新聞の奨学生として日本へ行く予定だそうだ。帰りはホーチミンの大学に戻るその学生たちもバスに同乗し、日本語でのおしゃべりにはながさき、あっという間に着いた。  初めてのツアー参加者も3人いて楽しいツアーでした。
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里親ツアー ④ ホーチミンのレストランKOTO

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 KOTOは、ベトナム系オーストラリア人のJimmy Phamさんが作った職業訓練をするためのレストランだ。ハノイで始め、2010年ホーチミンにもオープンした。料理の盛り付けがとてもきれいで、思わず写真を撮りたくなる。「希望の村」の子供たちも今3人ここで訓練を受けている。2年の訓練が終わると、KOTOのレストランや他のレストランで研修をして、就職する。  その理念がすばらしい。「ここに入らないと、悪いことをしそうな子から入れる」という。普通は、「やる気のある子」を優先するが。多くの子どもたちは、経済的、人的な家庭環境などの影響で、夢を持てない。入学したら、まず5つ星のレストランを見学させ、自分の将来が描けるようにする。しばらくして、自分の夢を書いて空だったビンに詰めて入り口に置く。これが大事なセレモニー。卒業までこの「夢のビン」を飾り、毎日登校する子供を励ます。  KOTOとは Know One Teach One の頭文字だという。  住所 151A Hai Ba Trung Quan 3 Ho Chi Minh  電話 08-377 385 77  
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里親ツアー③ ニャチャン ファンラン

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27日ニャチャンからファンランへ。ニャチャンはビーチで有名なところ。ファンランはその南に位置する。このあたりは、乾燥していて、サボテンが花を開き、塩田が広がっている。所々に真っ白な塩が積まれているて、私の故郷の徳島では、子供のころ、鳴門に塩田があり、山育ちの私には珍しかった。ファンランもホテルの前はきれいなビーチだが、ニャチャンに比べると素朴で、近くには漁船がたくさん浮かんでいた。
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 この辺は13、14世紀ごろにはチャム族が支配していて、チャンパの遺跡が残っている。写真はポー・クロン・ガライ。この辺には今もチャム族が住んでいて、今も盛大な祭りが催されるそうだ。
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里親ツアー② ダナンの施設訪問

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 ツアー2日目はダナン市内のいろいろな施設を訪問した。写真はストリートの施設。1991年設立。最初はストリートチルドレンの施設だったが、今は生活困難な家庭の子供の施設が、4箇所あり合計150人生活している。1箇所を訪ねたが、小ぢんまりした施設で、1階に食堂、台所、勉強室、2階が居室になっている。小さい時は男女一緒、大きくなると男女別の施設に移るそうだ。自宅で奨学金をもらっている子供も450人いて、30人を日本の山口大学の学生が支援しているそうだ。縫製、ししゅう、コンピューターなどの職業訓練も行っている(写真)が、やはりなかなか給料のいい職業に結びつかないのが現状だ。  次にアメリカが支援している職業訓練校。ハノイに本部があり、ダナンには最近できたそうだ。「希望の村」の卒業生も昨年4人入り、飲み物作りの訓練を4ヶ月受けて、今レストランで働いている。ここではきちんと就職を斡旋し、就職後も様子を見に行くなどするそうだ。ベトナムには珍しくきめ細かい。  最後は盲学校。「希望の村」在籍のハウ君が、ここで学んでいるということもあって、訪問した。ここでは音楽教育に力を入れていて、はじめに子どもたちが演奏してくれた。ハウ君と里親との初めての対面。彼は里親の手をとって、どこか行くと思ったら、自分の部屋を見せたかったらしい。里親が手渡したハーモニカを嬉しそうに何度も吹いた。
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「希望の村」里親ツアー20012

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 2012年の希望の村を訪ねる里親ツアーが行われました。3月24日成田・関西空港出発、夜ダナン着、子供たちが花を持って迎えに来てくれた。25日にはさっそく「希望の村」を訪問。挨拶の後、ししゅう、木工、カード作りなど子どもたちの活動を見学した。次に今回のテーマである「自立支援現状」についての報告会が行われた。里親たちにふぇみんによる自立支援の成果を知ってもらうとともに、在園中の子どもに、先輩の卒園後の進学先や働いている様子などを知ることにより、自分の将来を描きやすくし、夢を持ってもらいたいという思いからである。竹内さん、加堂さんが撮りためた写真や動画を子どもたちは熱心に見入っていた。ダナン大学の学生さんによる手話通訳が導入できたので、聾の子どもたちにもわかりやすかったと思う。  
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 いつものように、子どもたちと里親たちの歌や踊りのあと、各部屋で昼食。普段より豪華な昼食とあって子どもたちもうれしそうに、もりもり食べ、後はお菓子を食べながら話をしたり(さくら日本語学校の生徒さんが通訳してくれる)ゲームをしたりして、ひと時を楽しんだ。  午後は、最近来てもらっている体育専門の若者のリードでみんなで外で遊んだ。子どもたちが生き生きと走り回っている様子を見て、私たち里親は満足でした。
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「希望の村」でのワークショップ

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 今回のツアーは「希望の村」でのワークショップがメイン。もともとこれをやるために「滞在型ツアー」にしようということになった。里親の皆様は多彩な特技や趣味を持っている。それを生かして子どもたちに教えたり、一緒に楽しんでもらおうというもの。「編み物」「絵手紙」「笑いヨガ」「沖縄舞踊エイサー」「日本の歌」「和太鼓」「ベトナムの踊り」「サッカー」、午前2時間、午後2時間、ずっと通しで同じ子供が参加しているグループもあったし、午前と午後で参加する子どもがいれかわったグループもあった。編み物は一番熱心で翌日も続けた。どのワークショップも楽しそうに、そして熱心に活動していた。  最後には全員がホールに集まって、発表会をし、作品や踊り、歌などをみんなの前で披露した。
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ダンボールでパーランク(沖縄エイサーの太鼓)作り
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少数民族、カトゥ族の村

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 ふぇみんの今年のベトナムツアーが8月に行われた。今回はダナンに5泊と、滞在型型のツアーだ。そのうちの一日はダナン市の近郊にあるカトゥ族という少数民族の村への訪問。ここは日本のNGOであるFIDRが衛生、教育、農業など支援してきた村で、ここ数年、伝統的な織物の商品化を通じて村おこしをしてきた。数人の年配の女性しかできなかった織物が、今では若い女性も習い、すてきなバッグ、テーブルランナーなどを製作し、ハノイなどでも売られるようになった。生活は向上し、男尊女卑の考え方も、だいぶ変わってきたそうだ。  今後は観光客を呼ぶことを計画していて、ふぇみんがお客第1号なのだそうだ。村に着くと、大勢の人が民族衣装を着て歓迎してくれた。踊りを披露してくれ、貸衣装を用意してくれたのに、私たちは大喜びで村の人と一緒に記念写真。カトゥ族の織物は腰織といって、座って足で支えて織り、ビーズを織り込むのが特徴だ。
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 買い物後は、伝統的な食事をごちそうしてくれた。もち米、バナナの葉にもち米を包んで蒸したもの、鶏肉、タケノコの料理。デザートには、このあたりの山でこの時期にしか採れないという、木の実のチェー(ベトナムぜんざい)。ラッキー!!
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「希望の村」も夏休みー帰り支度

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 6月から8月まで、「希望の村」も夏休みで、多くの子どもは自宅へ帰る。(親がいない場合には親戚のうち等に帰る)小学生と聴覚障害のある子は、6、7月、2ヶ月。その他の子達は交代で1ヶ月。勉強等で帰らない子もいる。8月には新学期の準備等で、みんなまた戻ってくる。そしてまた新しい子どもたちが入ってくる。  5月末に行くと、子どもたちは大掃除をしていた。みんなで窓拭きをしたり、毛布を洗って、屋根の上に放り上げて 干しているのには、びっくり。こういう生活力はすごーい。私たちは文明化されていて、何でもお金を出してやってもらったり、何か壊れたりすると、困ってしまうが、ベトナムの人たちは、全く動じず、適当に修理して使ってしまう。まあまあ、のいい所だ。

「希望の村」の日本語はLyさんにバトンタッチ

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 日本人駐在員がいない時、長くビンさんが日本語の授業をやってくれていたが、今年2月末から、Ly(りー)さんにバトンタッチした。リーさんは2008年に高校を卒業し、職業専門学校でガイド(3年制)の勉強している。日本語は在園中から勉強し、さくら日本語学校で3年間勉強した。今、月曜日から土曜日まで、会社で研修し、週3日夜さくらで勉強しながら、日曜日の午前中3時間「希望の村」で日本語を教えてくれている。もうじき、卒業し、就職予定だが、「大丈夫です。日曜日は仕事がないし、教えるが好きだから」とうれしいことを言ってくれる。教え方もなかなかなものです。安井さんがテキストを作っておいてくれたのがとても助かっている。  
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ホイアンに日本女性のUカフェオープン

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 6月1日、ベトナム、ホイアンに日本女性のUカフェがオープンした。Uカフェはレストランではあるが、貧しい子どもたちに、料理やサービスなどの職業訓練をして、自立する力をつけることを目的にしている。Uカフェを運営するUさんは、長年日本からベトナムに自転車を送る活動をしてきた。ここ数年、その活動を続けながら、カフェのオープンのために計画を練り、実行してきた。 下水道の完備していないベトナムにあって、Uカフェでは、カフェの排水をすべて微生物を使って、自前で浄化し、きれいになった水を2階、3階の池に引いている。その池には植物が育ち、魚が元気に泳いでいた。カフェで出す野菜はすべて近郊の無農薬の栽培の農家と契約するそうだ。  私が彼女にあったのは2008年のことだったが、その計画の大きさと、たった一人で行おうとする粘り強い行動力に、びっくりした。ふぇみんのツアーでも訪れたことがあった。まだまだ出発点に立ったばかりだが、今後の成功を期待している。  Uカフェはホイアンの町を流れるトゥボン川を20分ほど下ったところ。ベランダからの眺めは最高だ。
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日本式保育園オープン

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 ダナンに日本式保育園が昨年オープンした。日本式って?どういうのだろう。見学に行ってみると、私たち日本人にはおなじみの光景。玄関に靴箱が並び、すぐホールがあり、もうじきあるという運動会の練習で、10人くらいの子が太鼓をたたいていた。2階には2歳児。月齢で3クラスに分かれていた。3階にもいくつか教室があり、4歳児が20人くらい、粘土で動物等を作っていた。奥の壁は、うさぎなど森が描かれていた。日本で美術の教師をしていたという日本人女性が、描いたそうだ。彼女は今ここで働いている。隣の教室の壁は海だった。元は、ただの殺風景な壁だったと言う。隣の教室では昼ごはんの準備をしていた。先生が、子どもに応じて、やわらかいご飯と柔らかいおかず、おかゆと潰したおかず、の2種類を食器に盛り分けていた。4階には調理室があり、子どもの食べる食材は、衛生的なものを厳選し、割高になるそうだ。  園長のハン先生は東京の保育園で7年、新潟で5年働いていた。ベトナム式保育園というのが、私には良く分からないから、何ともいえないのだが、ハン先生がいうには、先ほどの食事のように、子どもの食べる力に応じた細かい食事に見られるように、その子に応じた教育や、情操教育、その他子どもを育てるカリキュラムをしっかり作っている。多くの保育園では朝、昼、晩、3食食べさせるそうだが、ここでは、夜は基本的に家で食べさせてください、と言っているそうだ。こうしたやり方に文句を言う親もいると、ハン先生はこぼしていた。園長室はなく、入口に机を置いて、園長は来客等の対応もしていて、超多忙だそうだ。  保育料は高く、普通の2~3倍のようだ。それでも1年で100人以上が通っている。
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さくらフレンズカフェで第1回交流ライブ

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 ダナンに2月20日のオープンしたさくらフレンズカフェでは、ベトナムと日本の人と文化の交流を広げ、深めるために毎月、交流ライブが行われる。第1回は5月5日、「こどもの日」をテーマに開かれた。ベトナム人による「南中ソーラン」に始まり、AKB48の踊り、「宇宙戦艦ヤマト」、飛び入りのアメリカ人による「よさこい節」など。参加者がそれぞれの夢をうろこに書いたこいのぼりを手に、みんなで「こいのぼり」の歌で締めくくられた。  企画。準備、運営等すべて若い人たちがやってくれた。ちょうどゴールデンウィークで旅行中の日本人も何人か参加して、文字通り日本とベトナムの交流ライブになった。
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留学生のランさん、上智大学入学

 「ふぇみん」の招きで来日し、日本語学校で日本語を勉強していたランさんは、今年4月上智大学総合人間科学部社会福学科に入学しました。  ランさんは7歳の時、両親を亡くし、「ふぇみん」の支援する「希望の村」で育ちました。2007年からホーチミンのさくら日本語学校で日本語の勉強を始め、同校の「貧しい学生のための留学資金」を借り、2009年3月末来日しました。以来、授業料と生活費をまかなうため、毎日アルバイトをしながら、日本語の勉強に励みました。また、トルン演奏を通じて日本とベトナムの交流にも貢献してきました。そして、自らと同じような境遇の子どもたちや、障害のある子どもたちの福祉の仕事をしたい、ということに目標を定め、留学試験の勉強にも取り組んできました。いくつかの大学を見学した中から、一番行きたかった国際的な環境の上智大学に入学できて、本当に喜んでいます。  でも、あの3月11日の大地震、津波、とりわけ原発事故は多くの留学生と同じく、ランさんにも大きな恐怖と不安を与えました。家族からも心配で帰国をうながす電話がきました。中国人、韓国人、そしてベトナム人留学生も次々と帰国する中、彼女も飛行機のチケットの予約をして、様子を見ていましたが、結局帰国せずに残ることに決め、この間借りた大学の学費を稼ぐためにアルバイトをしていました。  4月4日に予定していた入学式は中止になりましたが、オリエンテーションなども少し遅れて始まりました。留学生のための説明会などがあり、さっそく奨学金を申し込みました。昨日からいよいよ授業が始まり、その中の授業の一つは「ぜーんぜんわからなーい。だから取らない」だって。今から始まる日本での学生生活に、不安と期待でいっぱいのランさんです。しっかり勉強して、友達をたくさん作って、いろいろな経験をしていってほしいです。
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さくらフレンズカフェ、ダナンにオープン

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 ふぇみんは15年間ダナンの「希望の村」の支援を続けてきました。その中で多くのベトナムの方々と知り合い、助けていただきました。人や文化の交流をもっと広め深めたいと、ふぇみんベトナムプロジェクトの有志と日本人、ベトナム人によって「日本ベトナムフレンドシップ」が作られました。そしてその交流の場として、ダナンに「さくらフレンズカフェ」が2011年2月20日にオープンしました。「さくらフレンズカフェ」は今までも、ふぇみんベトナムプロジェクトのダナン事務所を置かせていただいていた、「さくら日本語センター」の中にあります。  設計はメンバーの友人と協力してくれるベトナム人によるもので、木をふんだんに使ったモダン和風。中には畳を敷いた掘りごたつ式交流スペースがあり、日本の本やまんがもたくさんおかれている。  「希望の村」を卒業した若者が4人働いている。Binhさんが日本語を勉強しながら専門学校を卒業し、今、通訳兼マネージャーとして、ハノイのKOTOで調理を勉強したThuyさんがコックとして、他にNgocさんとDiemさんがアルバイトとして働いている。他に「さくら日本語センター」で勉強している学生もアルバイトしており、彼らの日本語のレベルアップなど教育支援にもなるといいなあと、考えている。
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フエの日本女性経営のホテルMIKI

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 日本人女性が経営するホテルがフエにある。昨年5月にオープンした7階建ての真新しいホテルに入ると、すらりとした女性がにこやかな笑顔で出迎えてくれた。その人がMIKIホテルの美紀さん。ベトナム人の夫と一緒に経営している。  美紀さんのベトナムとの付き合いは長い。10年ほど前、フエにある小山道夫さんのつくった「子どもの家」でのボランティア体験がその始まりだそうだ。日本で雑貨を売ったり、フリ-マーケットをして得たお金をベトナムの子どもたちに届ける活動を続けた。夫になるニャンさんに出会ったのも、フエでのボランティアの中だそうだ。ニャンさんのおばさんがホーチミンに近いビエンホアでやはり子どもたちの施設を作っており、そちらはまだ資金も人も足りず、そちらの活動の方にシフトした。  4年前に結婚し、2歳と0歳の二人の子どもの世話をしながら、ホテルの仕事をこなし、日本語も教えている。そして、ボランティアも続けている。「ベトナムの子どもを『支援』というより、自分がベトナムの子どもたちに助けられている」と語る彼女のとても深いまなざしが印象的だった。また、素敵な日本の女性に出会った。  日本で建築士の仕事をしていたという美紀さんは、このホテルも自分で設計したそうだ。玄関前のエレベーターが垢抜けており、白と木を基調にした部屋は、清潔感があると同時にくつろげる。料金も安く、ツイン27ドル  ホテルMIKI 72 Nguyen Hue Tp.Hue Viet Nam  TEL  (84) 054 388 3619  Email mikihotel@gmail.com Website mikihotel.com

初めての留学生、ランさんが大学に合格!

 「ふぇみん」が2007年3月末に初めて受け入れた留学生、ランさんが希望の大学に合格した。「ふぇみんが受け入れた」といっても、金銭的支援は最初の10万円だけ。ホーチミンとダナンにある「さくら日本語学校」がつくっている「貧しい子どものための奨学金」を借りて、来日し、あとはアルバイトで生活費と日本語学校の授業料を賄ってきた。午前中、日本語学校へ行って勉強し、午後、あるいは夜12時までも、働いてきた。さらに、里親の親睦会や里親の関係する地域で、あるいは、留学生の主催するチャリティコンサートなど、ベトナムの民族楽器、トルンを演奏して、日本の皆様にトルンを紹介し、また日越の交流に多大な貢献をしてきた。またベトナム大使館や平和集会での演奏などでも活躍した。その間、日本語能力試験や、留学生試験の勉強もしてきたのだから、ほんとに大きな拍手を送りたい。  ランさんは幼くして両親をなくし、「希望の村」で10年近く生活した。友達の家族には枯葉剤による被害で歩けない子どもたちもいる。ベトナムの福祉はまだまだ立ち遅れている現状に、大学で社会福祉を学び、それをベトナムで生かしたいと考えている。  里親さんの勤める会社(その会社では、社員の社会貢献を支援してくれるそうだ)から奨学金がもらえて、入学金と授業料の一部を賄うことができ、ラッキーだ。しかし、大学に入学しても勉強とアルバイトと、また厳しい現実がまっているが、ランさんは希望とやる気にあふれている。ランさんは私たち日本の里親たちにも喜びを与えてくれている。
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子どもたちの刺しゅう

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 「希望の村」で「ふぇみん」がししゅうの訓練を始めて、5年になる。習っているのは聴覚障がいの女の子たち。とても上手になった。先生は他でもろう児に刺しゅうを教えていたニュー先生。週3回、とても熱心に教えてくれるし、子どもたちも大好きだ。ステッチから始めて、ハンカチ、袋、まくらカバーなど。写真は新製品の座布団カバー、クッションカバー、タオル地のハンカチ。刺しゅう糸は日本から運ぶ。里親さんや友人たちから、大量の刺しゅう糸を寄付してくださり、感謝している。出来上がった刺しゅう製品は、日本で売って、売り上げを子どもたちに還元している。今まで、スポーツ用品や飾りだな、子どもたちのお菓子、などになった。卒業生がホイアンの店でししゅうなどして働いている。
posted by 循環する支援 at 21:24Comment(0)TrackBack(0)