ホイアン

ホイアンへ行きました。黄色い街並みがとても素敵です。外国人観光客がたくさんいました。途中、市場でパイナップルを買って食べました。
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お花

庭に咲くヤナギバルイラソウ。まぶしい太陽の下、紫の色がより鮮やかに映えます。
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春の風で道路が黄色に

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 先日風の強い日、自転車でさくらカフェに出勤途中、黄色い花吹雪が舞い、色こそ違え日本のさくらの花吹雪みたい。花はホア・フーンだそうです。ホア・フーンには赤と黄色があって、赤は有名な火炎樹。見た目にはもっと黄色一面に見えるが、写真を撮ると、難しい。  ダナンでもバイクも自動車も増え、自転車で通うのがだんだん怖くなってきた。信号は少なく、ロータリーを回って曲がるシステムになっているので、大きい道路は私にはとても難しい。こちらは右側通行なので、右折はいいけど、左折は怖い。なるべく狭くてバイクの少ない道を選んで通勤する。この通りは街路樹も整っていて、気持ちのいい気に入りの通りです。
posted by 循環する支援 at 14:23Comment(0)TrackBack(0)

バンメトートのコーヒー園、ゴム園

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 ベトナムは実はコーヒーの産地であり、輸出国だ。ベトナム人はコーヒーが大好き。朝から道端のカフェーでコーヒーを飲んでいる男たちは多いし(男たちばかり!!)、緑の多いしゃれたカフェーもたくさんある。独特のコーヒー淹れからポトッポットッと落ちるコーヒーは悠長に待たないといけない。これの淹れ方にはコツがある。といっても、単純。挽いたコーヒーの粉を入れ、湯を少しだけ落としてながーく蒸らす。あくまで悠長でなくてはいけない。蒸らしが足りないと、粉が落ちてしまう。ものすごく苦いので、甘いコンデンスミルクをたっぷり入れて飲む。夏には氷を入れてアイスコーヒー。でも量がちょっぴりで、日本人には物足りない。  コーヒー豆の甘い香りも独特のものである。何とバターで炒るのだという。納得!!  で、バンメトートはそのベトナムコーヒーの大産地である。広いコーヒー園が広がっている。実はまだ緑。12月ごろには黒くなり、バンメトートではコーヒー祭りが開催される。チュンングエンは有名なコーヒーのメーカーである。バンメトートに本社ビルと工場がある。気になってセ・オム(バイクタクシー)で2万ドン(140円)も払って、わざわざ行ったが、ただ本社ビルと小さい売店があるだけ。ダナンのスーパーで買っても同じ。損した。
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 こちらはゴムの木。バンメトートには広大なゴム園も広がっている。恥ずかしながら、私は今までゴムの木は、あの家庭にある観葉植物のゴムの木と同じと思っていた・・・  コーヒー園もゴム園も、フランスが統治していた時代にフランスがプランテーションを経営したものである。今はこのゴム園は国営で、農民は国から木を何列か借りて、採取し、国に売るのだそうだ。コーヒー園は私営だと聞いた。金持ちが多く、現地には管理人を置いて、普段は町に住んでるそうだ。写真のコーヒー園とゴム園はバンメトートから、ブオンジュン村へ行く途中。隣り合っていた。  他に広いカシューナッツの栽培園も、山のほうで見た。(カシューナッツは水が少なくていいので)  実は私は、これらを見たくて、バンメトートへ行ったんです。
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高原の町 バンメトート

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 7月末、バンメトートへ行った。ベトナム中南部高原地帯にあり、ホーチミンからは毎日、ダナンからも週数回、航空便がある。バンメトートには観光地はあまりないが、近くに少数民族が住む素朴な村がある。野生の象を手なずけて運搬、農作業などをさせてきた象の村として有名な、ブォンジュン村、ブォンドン村。写真はブォンジュン村。象に乗ったままラック湖を渡り、村を散策し、丸木舟で帰るのが人気。案内書には1頭に2人と書いてあるが、3人でも乗せてくれる。湖上では舟をこぐチャプチャプという音と、小鳥のさえずりしか聞こえない。村には、母系社会を守っているというエデ族の高床式のロングハウスが並び、ニワトリやブタが走る。(ブタが走っているのをはじめて見た) 子どもたちは岸辺で水遊び。のどかだ。
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 ダライサップ滝。雨季でこの日も小雨。水量が多く、ド迫力。長いつり橋を渡ると、同様な滝がもう一つ。ここの住民が魚を採っていた。  
posted by 循環する支援 at 18:30Comment(0)TrackBack(0)

バック・マー国立公園

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 結婚式にフエへ行った時、夕方街を歩いていて、バック・マー国立公園のツアーの看板が目に入った。前に名前は聞いたことがあったので、突然行きたくなって、思わず申し込んでしまった。夜、もう一度行ってみると、運よく(あるいは運悪く?)他に二人、申し込みがあったということで、行けることになり、お金を払った。38ドル。よく考えてみると、内容を何も知らずに申し込んだことに気が付いた。山であることだけは知っていたが。ホテルの人に聞くと、靴が必要だといわれ、あわてて靴と靴下を買った。リュックまでは買わず、いつものかばんでがまん。お金が足りなくなって、焦ってATMを探した。  翌日、ドイツ人の30代くらいの御夫婦と一緒にバック・マー国立公園へ。車で約1時間、入り口の事務所に到着。熊やトラの絵。奥地には、いるそうだ。ここからくねくねの山道をさらに40分くらい。ほとんど車には出会わないが、用心のためにコーナーごとにクラクションを鳴らす。これでは希少動物も逃げてしまいそうだ。公園の事務所兼レストランらしい所に着いた。運転手と係りの人が、何か言い合っている。「コム・ドゥオ」(できない)という声がしきりに聞こえる。何かやばいことが起こったかな、と心配になる。が、何事もなく、「私がガイドです」と。やれやれ。訳のわからないことが時々起こるから。  さらに、10分ほど車で行って、そこから頂上まで山道を歩く。私はハイキングが好きで、日本ではよく行っていたのだが、ベトナムでは初めて。ここでは、酔狂に山登りなんかしないから。ガイドのユンさんは植物や昆虫等のことを説明したり、見せたりしながら、歩く。30分ほどで、頂上。展望所が建っているが、改装中。ここからの景色が素晴らしい。下の写真。目の前に、大きなラグーンが広がっている。ラグーンは北海道のサロマ湖のように、湾が砂州によって外海から隔てられ、湖になったもの。実際には、ほとんど、狭い海峡により繋がっている。このフエラグーンはアジアで一番大きいラグーンだとか。湖に沿って国道見える。ここを何度か通っても、今まで海だと思っていた。ラグーンだったとは。フエからの帰りに良く見たら、確かに向こうに陸が見えていた。本当に何も知らない自分に気付く。 反対側は山並みが続く。ラオスとの国境も近い。  頂上からまた歩いて、レストランへ。茶色と白で色分けされた大きな蝶や、枯れ草にそっくりなカエルや、形の違う二種類の葉を付けた松や、大きな幹についた実や面白いものを見せてもらった。  昼食後、今度は渓谷に添って下る。クサリや梯子があって、ちょっとした岩山気分。小さな滝や滝つぼが連続してとてもきれい。(写真下)5つの湖と書いてあったが、それはこの滝つぼらしい。ドイツ人の女性はやおら、水着になって泳ぎ始めた。水温はたぶん17度くらい。冷たい。でも彼女は気持ちよさそう。夫の方は観光が好み、妻の方は活動の方が好みで、今両方組み合わせながらのベトナム旅行だそうだ。  最後は大きな滝、300メートルくらいの凄い滝だそうだが、残念ながら上からしか見られない。下から見るとどんなに凄いだろう。見たくてたまらない。帰ってインターネットで調べてみたら、乗っていた!!でもこれはまだ全部じゃないと思う。そのHPによると、バック・マーは1930年ごろから、フランス人の別荘地として開発され始めたが、すぐ戦争、フランス人の引き上げで、幻の別荘地だったそうだ。  
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 こんな素敵な所なのだが、ここはまた、ベトナム戦争の要地だったそうだ。私たちが行った山頂の隣の小高い所にアメリカ軍のヘリポートがあり、ここから下の道路を射撃したのだそうだ。このヘリポートを守るために設置した鉄条網の一部が今も残っており、ヘリコプターのかけらが落ちていた。そして、このトンネルはベトコンが隠れていたトンネル。3箇所の出入口があり、200メートルの長さだそうだ。この山中に、こんな風に、いたるところに、トンネルを掘り、長年アメリカ相手に闘っていたことを実感した。雨季にはものすごい雨が降り、洪水のようになったことだろう。この一帯はベトナムでも一番雨量の多い所だそうだ。

フエの街

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 Fさんの結婚式のために、フエへ行った。路線バス、電車にも乗ったことがあるが、今回はツアーバスを利用。ホイアンから、ダナン、ランコービーチ、フエへと行く。エアコンの効いた快適なバス。ダナンからフエまでで、路線バスも電車も、約3万ドン(210円)。3時間ほど乗るから、安い。電車からは、すばらしい海が眺められるが、一番時間がかかる。ツアーバスも5万ドンとそんなに高くない。(同じツアーバスでも6月には4万ドンで、安いと思ったら、エアコンがあまり効かない乗り心地も悪いバスだった。)  ツアーバスは予約が必要。私は前日の午前中に、代金を払い、知り合いの二人は午後に払った。当日3人で駆けつけると、なぜか私だけバスに乗れて、他の二人は乗れない。あたりには他に人の姿もバスの姿も見えない。ずいぶん遅れて出発したらしい。もちろん出発の時刻は決まっているのに。なにごとなのか、ベトナム人にも納得のいく説明はなかったようだ。バスが満席なのかと思ったけど、最後まで空いている席はいくつもあった。こういうわけの分からないことが、よく起こるのもベトナムである。彼女たちは気の毒に結婚式にずいぶん遅れて、料理が少ししか食べられなかった。気の毒!!  時間を守らないのは、ベトナム人の常。卒業式でも遅れてくる。20分も遅れてきた生徒は、平然と席に着いた。結婚式もまず30分は遅れる。職人が来てくれるのを待っていても、1時間遅れるのはざら。ひどいと来なかったこも。  ともあれ、無事に結婚式が終わって、ホテルで昼寝。日中は出歩けない。肌を刺す光が痛い。やっぱり朝早く起きて仕事して、昼タップリ休養を取って。これが理にかなっている。熱帯では。  夕方になって、出かけた。写真はフォーン川にかかる、フエの象徴に一つ、チュン・ティェン橋。白、黄色、赤、青、緑とライトアップが変わる。川端には露天商が並ぶ。それぞれ小さなライトをつけて、アクセサリー、置物などを並べている。ランタンを灯した、レストランも。大きなスーパーができていた。ケンタッキーが入っていて、びっくり。  この川を渡ると王宮がある旧市街。グエン朝の中国様式の華麗な王宮があったが、ベトナム戦争で多くが破壊されてしまった。今、修復が進んでいる。とりわけ、今年6月始めに大きなフェスティバルがこの王宮内で行われたのを機に、急ピッチで改修したようである。このフェスティバルは、2年に1回、今年は4回目だったそうだ。王宮内の建物を利用して、タイ、韓国、沖縄などの舞踊、フャッションショー、ロックコンサート、ベトナムの伝統芸能、などなど盛りだくさん。私も行ったが、外国人の入場料は1日、何と15ドル(25万ドン)、ベトナム人は5万ドンだった。この時たくさんの建物、池、回廊などが修復されていた。暑くて、昼間にはまだ見ていないので、どんなのだかよく知らない。下の写真は、フェスティバルの時の伝統芸能。
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ダナンの避暑地、バナー

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 バナーに行った。バナーはダナンの中心部から西へ40キロ、1487メートルが最高地点の高原。19世紀初頭にフランス人の避暑地として開発されたところだ。最盛期には252戸の別荘が建っていたという。今は数戸のホテルやバンガロー、寂れたバー。ロープーウェーがかかっているが、日曜日というのに、動かない。  でも、秋のように涼しく、ホテルからのながめは絶景。ダナンの街が眼下に一望できる。ソンチャン半島とハイヴァン峠を含む山々に囲まれたダナン湾。右の方には70キロといわれるビーチが伸びる。もっこり小さな五行山。その向こうはホイアン。ダナン市の象徴ハン川の流れ。目の前から朝日が真っ赤に昇る。夜には、素晴らしい夜景。  朝食後、散歩した。あじさい、きんぎょそう、たんぽぽ、あさがお、グラジオラス、そして、おおばこにすすき。日本と全く同じ花ばかり。日本語学校にもあじさいはあるが、暑すぎるせいか、咲かない。でもやはり、ベトナム、カトレアが野生で一杯咲いていた。とても小さいけれど。  高台という高台には、石段が残る。崩れた石組みもあちこちに残っている。なるほど、ここにはフランス風の瀟洒な別荘が立ち並んでいたのだろう。どうやって上ってきたのか?馬だろうか。ベトナム人の担ぐ輿か?酒作り場や牧場もあったらしい。立派な中国風のお寺が場違いな感じがする。真新しい、どでかく真っ白い仏像が緑の中に目立つ。午後は読書。避暑地での優雅な3日だった。

ホイアンの満月祭

 
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 あの世界遺産に登録されているホイアンでは、毎月満月の日に「満月祭」が行われている。5月は18日が旧暦の14日に満月祭がおこなわれた。前に書いたあの釈迦の降誕祭の日でもある。ちょうど日曜日と重なり、絶好のチャンス。朝から天気もいい。  夜になると、町のライトが消され、ランタン屋のランタンが美しい。各家々の軒先にもランタンが灯され、とてもきれい。最大の見所はトゥホン川沿い。すべてのライトが消され、両岸の家々のランタンが浮かび上がり、川面にきらきらと反射する。ろうそくがちらちら揺れる紙の灯篭が5つ6つと流されていく。あまりに大量でないのがいい。そして、橋の上から見ている私の目の先には、満月が。(本当はまだ少し欠けているが)。  8月15日の中秋の満月祭は、それはそれは素敵だそうだ。まさに光の祭典。
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ベトナムに雪景色?

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 北部山岳地帯ではありません。ダナン市内です。雪景色と見まがう風景ですが、これは砂なんです。ニャチャンなど、ベトナムの白砂のビーチは、最近注目されています。ダナンを中心に、ホイアン、さらに先まで70kmの白砂のビーチが続いています。5つ星のフラマリゾート(私は、行ったことがない)をはじめ、このビーチは、今大型開発のラッシュです。ゴルフ場もできるそうです。これができると以前のひなびた田舎は、良くもも悪しくも一変するでしょう。  中部いったいには、写真のような白砂のところがよく見られます。以前に列車でホーチミンへ行った時も、ダナン出発後ほどなくして、窓から見えました。これは石英が主成分なんだそうです。この砂はガラスの原料として日本へも輸出されています。この白砂を売って整地して、今このあたりには工業団地ができています。日本企業も40社ほどあります。